おまけ
未来予測という異能を巧みに扱い、身ごなしも秀逸とあって、
探偵社で護衛要らずの偵察や内偵要員として遠方への単独派遣が多いという織田作之助氏は、
今回、珍しくもヨコハマに戻っていた折にこの事案に接することが出来。
そのおかげで、
「中島に逢えた。」
淡い砂色のショートコートをばさりと羽織りつつ口にした一言には、さしたる感慨も滲んではなかったが、
彼が感情描写に疎いのは今更な話で、旧知であればあるほどに表面的なものへは関知しない。
わざわざ口にしたのも報告ではなく、
彼には数少ない“身内”が同坐しているからだというのがむしろ微笑ましいと思えて、
「そうなんだ。あ、あれかい? 安吾へお嬢さんを託したときかな?」
ややお行儀悪く、デスクチェアに後ろ向きに腰かけて、
背もたれの上へ重ねた腕へ顎を乗っけた太宰だったのへ、短く顎を引いて頷いた彼で。
他の面子はその騒ぎの後始末やら補填資料の収拾で出払っており、
結果としてマフィアの手勢とも同じ場に居合わせた事情の擦り合わせ、
太宰も接した相手があったとあっての報告書を作成中らしい。
らしいというのは、その割にちいとも手を動かしてはおらず、
何なら退屈そうにごそごそしてばかりな彼だからであり。
お目付け役のよな国木田がいないとあって、
だか誰もいなくなっては緊急な案件への対処が出来なくなるため、
渋々とお留守番の役に甘んじていたというところ。
そちらもまた特務課の課員との事情の刷り合わせに出向いていた織田であり、
公的にはまだまだ認められてはない異能が関わる事態には、
どうしたって必要となることなので仕方がないとはいえ、
“口が重い織田作まで駆り出すことになろうとはね。”
鏡花という少女が、自身の異能を用いて異国から潜入していた誘拐犯の少女を相対していた場にて、
最低限の打撃のみで叩き伏せたのがどれほど技量のいることかを通してほしいと、
敦が芥川経由で言伝ててきたため、
そこを特に丁寧に説き伏せる必要あってのことならしかったが、
「安吾にしてみりゃあ、織田作に会う機会ってのを作りたかったからだろうけど。」
太宰同様、裏社会からの詮索から逃れるようにずっとその身を隠して過ごしていた彼だし、
事情は知っていたって自身との接触がそのまま要らない脅威を招きかねぬと、
ずいぶん気を遣って遠慮していた安吾でもあろう。
「織田作、敦くんには判りやすく笑うんだね。」
「そうか?」
事情が判らないものにはあの邂逅の場もいやに不愛想なと感じたかもだが、
なんの、ようよう彼を知るものにはそうとあっさり判るほどもの級だったらしく。
自覚がないらしい朴念仁さんを前に、
太宰はと言えば楽しげに肩を揺らして笑いつつ、
「安吾が言ってたよ。
まったく織田くんは君も敦くんも甘やかしてばかりいるのだからって。」
詮索やら先読みやら、自身の意志あっての深慮や推量と違い、
いきなり危機を知らせる“予知”が意識へ躍り込むというのはどんな感覚なものなのか。
そんな体感のせいなのか、日頃のこの男はあまり表情が動かない。
優しい気性と裏腹に表情が薄いため、
下手すりゃあ冷酷にさえ見えるかもしれず、誤解もたんとされてただろう。
だがだが、織田という人物を知ると
それさえ歯がゆく感じるほどに彼のいいところが重々と察せられてくるというもので。
判りにくいながら、あの白虎の少年を猫かわいがりしているところも、
太宰や安吾にすればなんて微笑ましいと映るらしいのだが、
「中原がお前を案じてやるのと同じなんじゃあないのか?」
「………はい?」
何の他意もなかろう一言に、希代の策士があっさりと言い負かされた、初夏の午後だったそうな。
〜 Fine 〜 23.04.28.〜06.11
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*長らくかかってしまいましたが、
中也さんと敦くんのBDも巻き込んでの活劇なんだかどうなんだかという一件、
これにて終劇でございます。
中也さんの出番があんまり無かったですね、すみません。
織田作さんを出そうと思ったのは書いてる途中でだったのですが、
それもあって長引いた感は否めません。
罪なお人です、ホンマに。(こらこら)
☆続きというかおまけというか → ■

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